art-P capsule

フリーMC。2004年から映画とロックを作っています。ジャンルレスボーカルや表現を生業としている日々を記しています。2004年12月より毎日更新。

水ぎわ

rubenjuri2009-01-14

経営コンサルタント氏のブログですが、時には自身が演奏するピアノやギターの曲もアップされています。
料理のレシピが上がっていたり。
コンサルとか、会社単位でしか知らないから全く信用しないけれど、人物そのものを看板に生業っているフリーランスの人は、その限りではないのでしょうね。叔父に感謝。


さて日本にディズニーランドが建設されるぜって頃、兄が私にウォーターフロントの勉強をしろとうるさかった。本を押し付けてきた。読書とか一切しないから(今でも活字読むの苦手)、宝の持ち腐れとは将にこの事だった。ディズニーランドのオープンから5周年までは、半年に一度、兄と通った。色んな角度からオリエンタルランドを研究しろとうるさかった。乗り物などのアトラクションは置いておいて(アリスのティ・カップでおえーとなるし)、私が見ているのはエンターテインメントとしての部分だけ。「あ、お兄ちゃん、このナレーションは肝付健太さんだね。」「ふうん。」「はせさんじさんだ。」「んー。」多分、何ら、噛み合ってはいなかっただろう。
アメリカのディズニーランドの何周年かのMCは、俳優だった頃のレーガン元大統領だったね。日本の5周年にあたって、TVで初めて観ました。ウォルト氏という人物に、幼少の頃から興味があり、伝記を読んだり(もう忘れたけど)、『白雪姫』などのクラシック以前のテクニカラーを貪ったりしていました。以前此処でも何度も言ったかもしれないけれど、どんな辛い事があったの?って、勘ぐってしまうほど、切ない感動をおぼえてしまうからでした。まぁ、天才なんて普通にはできないよな。
「5周年だぜ?」兄から電話がかかり、行ったのが、最後。いや、新卒でアパレルに就職した年に、新人研修という名目で、同期で会社から行ったのが、最後か。


流通にしろ、ショー・ビジネスにしろ、エンターテインメントにしろ、アメリカに倣ってかどうかはしらないけれどアメリカの後に続いているのが、いいのですか?いけないのですか?結局、兄の指示どおり勉強をしていない為に一切わからないけれど、オリエンタルランドは、独自の経営をしてきたのか、本場同様にしてきたのか、んー。ごめんなさいお兄ちゃん。オリエンタルに、やってきてくれたら名前どおりです。スンマソン。
私が興味あるのは、ウォルト氏が健在だった頃のランド。いろんな事があって、もしかしたら兄弟の確執なんかもあったりしてここまできた軌跡として、いや、ただ、子供達の喜ぶ姿を見たくて、よくランドに足を運んだ、ウォルト氏。その頃の、ディズニーランドって、素敵だったでしょうね。
なーんて、噛み締めながら、激しく様変わりしたであろうTDLに、行ってみたいものである。だって、5周年以来だぜ?こわいわ。


ところで、ブルーレイの普及率たるや、急速らしいのです、アメリカでは。日本もですか?
流通業界に仮にでも身を置きながらも、自分の暮らしが屋根があるだけのそれなもので、不思議でしかたがありません。
いと、わろし。
滑稽だぜ。
え?
まぁ、自分が、って、そういう事で、いいですよ。
いと、をかし。