art-P capsule

フリーMC。2004年から映画とロックを作っています。ジャンルレスボーカルや表現を生業としている日々を記しています。2004年12月より毎日更新。

説明しよう

rubenjuri2013-03-17

それこもれもママが操作したのだ。
秘技。
それがどうした。
セガレにあたるとセガレが「あーん?」的に。
一瞬、氷りつき、両者同時に、溶く。


「コレを使う」
京都で買ってきた浮世絵の爪切りキーホルダー。
「飛ぶ!」
そりゃ、“受け”がないもんな。
「あんたさぁ、飛ばないのが当たり前だと思っているだろ。“受け”付きのが発売された時はセンセーショナルだったんだぞ。」



『石狩挽歌』が轟くんだよね。


yun姉さんのところからスツールをもらってきて、鉄腕氏のテープルをリビングに設えてからというもの、コカコーラのテーブルとスツールとベンチを部屋に持って来たことで、セガレが入り浸りになっている。
リビングと部屋は開放でひとつになってはいるものの、例のスピーカーで音楽を流しながらもいつものお互いの静かなトーンで話せるのは最高にいいね。
yun姉さんありがとうございます。



説明しよう。
それもこれもママが操作した結果なのだ。
由と出来る日が来るとしても
ママのせいにしているうちはダメさ。
感謝したり
いろいろだけれど。
疲れ切っていたのさ。
「疲れた。」
そう言って、午前3時から翌午後7時まで眠っていた。いっぱいやることあったけれど。
セガレと夕食中、「その日の最初のご飯だから、ホテルの朝食ビュフェみたいな内容も盛り込みたかった。」って、言い訳。
そんなこんなしていたら、兄貴の元カノからメール。
そう。
疲れたわー、お兄ちゃん。
お兄ちゃんはいつだって愛した彼女のそばにいるようで、彼女からのメールに心があたたかくなりました。
「彼が逝って今日で9年です。」
そう。
愛し合うってこういうことだなぁ。
5年前、自分の泣き声で目覚めたこの日。
今日、yun姉さんの長男Aクンは堂々交際宣言。相手の名前も写真も出して。
今日は眠り続けた。
いっぱいやることがあったけれど。
明日から帰省するから、その準備もまだだ。
昔、兄貴は松江駅に降り立った。
そのまま東京に帰ってったってのは、随分あとに本人からきいた。
「帰るとこじゃねーって思ったぜ。」
わかってるよ。



自分の接客に納得がいかない様子のセガレ。
20年以上もアパレル業界に居るかーさんだって納得いかんのだよ、当たり前じゃないか、と、思う。



説明しよう。
今に始まったことではない。
動けんのだよ。
これが男子だったのならばよかったのだろう。
「この人はいつだって同じ場所に居る」
おうちのパパと仕事のパパは違うのよって。
眠り続ける。
ママの操り人形としてはもう用無しなのだが。



秘密の関係がチビチビの頃からあるのさ。
今だって。
元ダンにありがとう。
セガレにありがとう。
かーさんは疲れたのだけれどセガレが癒してくれます。
エミちゃんもジュリーに感謝したのかなぁ。
「これが彼女です。」
「これが妻です。」
って、紹介したこと。
後悔はしていないけれど元ダンには悪い事をいっぱいしたからね。
これからも三原姓を名乗らせていただきます。
よろしくお願いします。