art-P capsule

フリーMC。2004年から映画とロックを作っています。ジャンルレスボーカルや表現を生業としている日々を記しています。2004年12月より毎日更新。

スタジアムを駆け回り・・・

rubenjuri2009-08-13

本日の甘いの。
缶のミルクティと、リッシュ・レザン(shin factory)と、画像のプリン(モロゾフ)。
昨日も今日も頑張ってるぜ。
まぁ、絶ってるわけじゃないから、結構平気。ひとりで頑張ってるんじゃないし。


さて。
帰省時期の風物詩かと思うような、松江のYからの、年に2度或は3度ある、メールを受信。
「電話していい?」
毎度思うのですが、いきなりかけてくりゃぁ出なくもないのに、わざわざお伺いを立てられちゃうと、色々忙しいから、スルーか或は「今は無理」ってな返信になっちゃうのですが。
なんでわからぬのかYよ。
コレが、好きな相手とかだったら、ホントに忙しくたって、感じよい返信になりますしねぇ。喜んで電話出ますしねぇ。
だってさー。内容が、中二だから。男子って進歩なくて。
どんな大人な人だって、中坊ん時の同級生が相手となると、中二なんすか?
マジあり得ねぇ。



朝4時半。
セガレを起こして弁当を持たせてトースト食べさせて、二度寝のフリをしながら壁際に向かったまま(notジュリー)、ずっと、文句を言い続けました。
何にもわかっちゃいない。かーさんがなんで元家を出たのか。
セガレが遠征に出かけてっても、悶々としていたけれど、やがて眠ってしまった。
起床時間の7時のアラームがなる前に、涙が湧き出る感覚で目が覚めた。
スタジアムの鉄柱にもたれて泣いていると、故・レーガン元大統領が私に振り向いて、優しく、片言の日本語で、「トニカク、トニカク、ツライヨ、トニカク、トニカク。」って、背をさすってくれたので、膝にうつ伏して泣き崩れんと、今、将に欲した、その瞬間の感覚でした。
引きこもりのままで誰とも接触せずに居れたら、どんなによいか。仕事も、ただ黙って、作業だけをできたら、どんなに楽か。
若い頃なら、隠さずに言ったものです、この分裂した人格を。店長時代も、時折、灼熱の倉庫にこもり、在庫整理や掃除や帳面やPC作業に明け暮れたっけ。
顧客様が呼んでくだされば、人格を整えて、店内に戻る。
店内に居る時は、そうはいかない。そして、そうはいかない状態をも満喫し、楽しめたのが、若さだったのかも。
何日も何日もママからの電話を素っ気なく切ってた癖に、今更、電話に出て、責めまくる。
「全部全部ママの所為だ」って、言わんばかりに。だって、そうだしね。
ママに、シシテ尚、アピっていらっしゃる故人のみなさんが、お盆のお世話は全般ママじゃなきゃイヤだって言っているのか、他のどの親族が参ったってお墓が整わなくって、ママに「ココが壊れてた」「どこそこが崩れてた」なんて報告しに来て、もう、破産するって泣きそうな電話なのに、気のない相づちしか打てなくて。
ところが、そんな故人の皆様が大好きで、ママにこしらえられた自分が可愛くて、松江に帰省するのです。
ママ依存チャンピオン、juriです、こんばんは。
ママは、毎日のように、遠く出雲のお墓に通っては、石材店と、あーでもない、こーでもないって、お墓を整えています。
そりゃぁ、でーーっかい、お墓ですから。
建てたのパパですけど、ママの役回りは、パパが相手だと、こんな感じ。
愛し合ってるのですね。
「みゃんちゃん、えらくーじゃないよ。」
はい。ママ。
ごめんなさい。
パパ、お兄ちゃん、おじいちゃん、おばあちゃん、ごめんなさい。
私もママが好きです。