art-P capsule

フリーMC。2004年から映画とロックを作っています。ジャンルレスボーカルや表現を生業としている日々を記しています。2004年12月より毎日更新。

献上したかたち

rubenjuri2016-08-07

昨日の夕方の雷は嘉事さんのアトリエに。
だったらしい。
主亡き後10年そのままの佇まいで訪れれば魑魅魍魎と迎えてくれていた。
いろいろ思うところがある。
ただ、本人が全部ひっくるめて持ってったのかもしれないと思えてならない。
「お前らもういいやろ。」
夫人の事も考えて。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160806-00000013-kobenext-l28

朝。
記事を見てフリーズ。
夕方。
夫人に思い切って電話。
声をとりあえず聞きたくて。


少し安心。


こんな時なのに、逆にセガレのことをいろいろ質問してくださって、恐縮しきりです。



「とにかく全部燃えてしまったのやし、自分の土地ではあるし、お手伝いいただくとしても、こんな真夏にじゃなくて涼しくなってからって思うの。」
とのことです。



みんなが気にかけているというのと、誰かに問われたらそう伝えますというのを、なんとか、伝えられたと思う。



画像は、チビチビの頃のセガレの段ボール作品を嘉事アトリエに持ってって置きっぱにしていたのを忘れていて、後日、写真だけ撮って、やっぱり置きっぱにして帰った時の。
かなり大きい作品です。
これも嘉事さんに持ってってもらったかたち。
何度も此処で記したと思うが、Aラキダに「俺の作品よりすごい」と言ってもらい、嘉事さんにも気に入ってもらったので、セガレが差し上げた感じ。
よく見えるところに飾ってくださっていた。
セガレは他にも、ヒーローの塩ビ人形やおもちゃを「材料に」と持って行った。
それは作品に使われているだろうから、アトリエにあったのか、どこかに運ばれたのかは、定かではない。
私は書物をたくさん差し上げた。
活字をコラージュに使うので、その材料に。
唐十郎の戯曲物や、いろいろ。
セガレは蛙に変わりゆくおたまじゃくしの変化を目の当たりにしては「全員変身途中や」と言って珍しがったり。
MAMIも1度連れてったことがある。


嘉事氏没後ではあるが、ギタラーにもアトリエに案内できていてよかったと今となっては思う。