朝。
夢現のうちに開いた過去の扉。
「妥協するくらいなら封印する。」
尖っているわけではなく。
夜。
奇しくも歌姫ヨッコさんが言った。
カウンターの隣の席から体だけを寄せて密着して囁くように。
「ねぇ。珠里ちゃんがバリバリで映画監督だった時。ジーパンしか履かない子だったけど。どうして履かなくなったの?それと。」
「それと?」
「桁外れに長いストラップのカバンを下げていたわね。」
「ヨッコさん・・・。」
「珠里ちゃんはジーパンと見たことのないカバン。今はどうしちゃったの?」
「懐かしいですね。」
「貴女がまだバリバリの映画監督だった頃、タンクトップにジーパン履いて、長い長〜いストラップのカバンをかけていた。」
2度3度ではない。何度も何度も言う。
「どうしたんですかヨッコさん。何故今、それを訊くの?」
酔っている風もない。
やがて声高になって、目の前の若いMちゃんにも言う。
「昔ね、この人がバリバリの映画監督だった頃ね・・・云々。」
しょっちゅう会っているのに何故今。
「あのね。私はジーパンとカバンが1番好きなんすわ。好きで好きでジーパンから私を呼んでくれたものです。それがね、今、ないんです。探しても出会えないし、履いてないんです。好き過ぎて。カバンも。」
見事に同時期だ。
見事に、5年以上は出会えない。
「その頃に履いていたジーパンはどうしたの?」
「無いっす。」
「なんで?」
「あげたり、捨てたり。履き潰したり。」
「なんでよ。」
「忘れましたよ。」
朝の夢現の回想を、夜、反芻す。
最も最近で10年前。
私を呼んだアメリカン・セレクトのスタッズ使いが秀逸だったカバンを何年も使い続け、潰して以来、かれこれ。
待ち合わせたらスッと持ってくれた感じも、似合っていた。
「こっちに向けた方がカッコいいですよ。」
と、言って、持ってもらったのを取って、向きを替えてもう1度持ってもらった。
クールな大判のカバンなのでそりゃあスタイリッシュなカップルだったよな。
ヨッコさんはどうしたのだろうか。
それにしても朝ふと思い出したことを彼女が。
朝、回想が回想を呼び、カフェ【うわのそら】で「これは大丈夫?」と訊かれたので「これはスタッズです」と答えたシーンがサブリミナルによぎった。
歴史が10年分なのだ。
あれ?
Ryancって、来年10周年なんだ。
あ、そうそう。
今日、ヘアアイロン届いたんですよ。
本番当日にヘアセット行かないでもいいように、自分で巻髪できるようになろうと思っています。