art-P capsule

フリーMC。2004年から映画とロックを作っています。ジャンルレスボーカルや表現を生業としている日々を記しています。2004年12月より毎日更新。

嬉々として出たものの。

rubenjuri2010-09-20

この手の花って、こんな路傍に咲けちゃうものなのでしょうか。
それも直接。這ったりせずに。
可憐ですね。


み〜ちゃんさんのシャンソン日記を覗きに行き、今日アップのタイトルを見て、驚いて、自然に背筋がピンと伸びました。
読み進めていきながら、泣いていました。
故郷から、親元から遠く離れるって、当初は、こんな想像もしないのだけれど、違う土地に自分の生活が出来上がってしまうと、なかなかすぐには帰省なんてできないのは、少し考えたら、わかったのかなぁ。否、私は莫迦ですから、その時にならないと、わからなかったと思います。
み〜ちゃんさんなんて多忙を極めてる人だし、覚悟はされてたかもしれませんが、それでも後悔はされているようです。
私は、パパの時は、莫迦だし、家庭なんて放って、ちびちびのセガレも置いて帰省しました。2週間松江、2週間神戸と、何ヶ月か繰り返しました。
み〜ちゃんさん、お辛かったと思います。
お父様のご冥福をお祈り申し上げます。


今後です。
今後、悲しみがじわじわと増してきて、寂しい時、み〜ちゃんさんは歌うのだと思います。「歌がある」と仰るのだと思います。


そういうの、
アルと、
ナイでは、
違うのでしょうね。


なにかあるのかよ莫迦には。