art-P capsule

フリーMC。2004年から映画とロックを作っています。ジャンルレスボーカルや表現を生業としている日々を記しています。2004年12月より毎日更新。

決めポーズの美学

rubenjuri2009-03-03

とりあえず、今年のコーラスは、新生した形での出航になったとの知らせが来ました。
低レベルなごちゃごちゃが年末から色々繰り広げられていた経緯を全て聞いて、改めて、ミーティングに全不参加を決め込んでおいて本当によかったって、思うわけです。
私は私にしか出来ない事で、必要とされて行っているのであり、ただ、それだけだから。
引けない事は、引けないので。
じゃ、なきゃ、行かないだけだから。
コンダクター女史、曰く、
「根も葉もない変な噂の元はわかったし、メンバーは、みんなjuriちゃんのとてつもない下準備や構成の努力をよくわかってるし、感謝してるって、言ってた。規約システムからちゃんと、作り直したからね。」
なら、いーんだ。おーらい。みんな、ありがと。好きだぜ。ステージ上の事とお客様の事以外のゴタゴタが始まると、あからさまに憮然としてお膳ひっくり返して扉バッタンと閉めて出て行く私を、敵だと思う奴が何人かいたって、仕方ない。そんなの、へーきだ。第一、誰一人、私に直接は何も言って来やしない。で、噂。変な噂。
そっちの地域には、もうほんのチョイ、セガレが住むので、噂で傷つけたくなかったからね。
歌いたくて、ステージ立ちたくて、お客様に観ていただきたくて、やってんだろ?みんな。そうだろ?
ま、わかった。よかった。
おわり。




さて。
錦織一清氏が職人である事には理由があって、デビュー前から大好きで観ていたから、その背景を知ってて、パーソナリティが表現に反映されているのも味わいくゆらしつつ、展開される独自の世界を、堪能できる、今日に感謝。
同じ振りをしていても、東山氏のそれとは魅せ方が違う。この人も職人であろう。同じ事をしても、それぞれの踊りだということに、職人気質を感じますね。
あんなに簡単な振り付けの『愛しのナポリタン』でさえ、魅せられるってのは、そういうことでしょうな。
ま、キメは、錦です。
現代版越後獅子は、後に、女に溺れ、事業に金に溺れ、我に返ったのだろうか。そんな顛末を、道程として、受け止める何かが、誰かが、あるのでしょうか。
それぞれの、道。
歳を重ねた時の、姿・形。
それぞれだね。
イヤなところも、それでも、Nikcyがカッケーと思うぜ。