15日に一報を受け、だからなのか、違うのか、滅多にそんなことなどないのに、その夜は眠れず、それでも翌日は丸々1日眠気にも1度も襲われず過ごし、普段通りに夜に眠った。
そして今朝も普段通りに目覚め、仕事を。
昼を過ぎ
2時を超えたあたりから、とてもしんどくなった。
どんどん重くなり、しんどいが、なんとか遣り過ごし、帰宅。
湯上り後、夜の9時まで我慢したが、ベッドに滑り込んだ途端に気絶みたく就寝。
個人的には。
楽しい思い出はたくさんありました。
はちゃめちゃなことも、氏とだから経験させていただけたのだと思います。
頭固いですから。
ありがとうございました。
ラストはご自身が昔言ってたみたいに・・・、「Fight」だったのでしょうか。
或は
平安を見たかったのでしょうか。
とまれ
お疲れ様でした。
おも氏がご自宅に訪れる機会が近く、あれば、ほんのきもちを託けさせていただきます。
ちょっと注目していて勝手に尊敬申し上げている昭和7年・8年組の皆さんの中のKさんから伺ったエピソードなど、咀嚼するにつけ、改めて、人は、母との関係で生き方が随分と決まってくるのだと確信します。
母とて
時代や境遇や育てられ方で
生きてきた生態なのですので。
エッセンスとして
その程度として
味にしていかなければ。
雨傘をさして
空を行くと
世界はありましょう
さようなら。