art-P capsule

フリーMC。2004年から映画とロックを作っています。ジャンルレスボーカルや表現を生業としている日々を記しています。2004年12月より毎日更新。

その日を並べる反芻儀式

rubenjuri2015-03-07

ママを反面教師にしてきた時に
ママのしてきたことを、されてきた己が、この度、由としたに至ったというのは、実にこの歳になってからだということから、
そりゃー、反面教師にするだろ!
って、ことだ。
それは、まさかのママへの感謝へと繋がりはしたが、そしてママが元気でいる内だという幸いでもあるが、そんなのその時にならなきゃわからんのだもん。
ママがあんな風にしなきゃ、己も間違いなくセガレと同じ道に進んだ。セガレが選んでいく分かれ道の度に、「うん、そうだろうな。しかたねーな。オメーもかよ。」って思うからね。
そして
セガレと己との最大の違いである、第一子と末っ子気質に照らしてみても、己がセガレのように選択を自由にさせてもらえたら、己なりの勝負はきっと出来たことだろうと思う。


ま、それは。
マクロにみるとえらいこっちゃで。


だから、だ。
ママ、ありがとう。
そして何より、何をさておき、
VIVA俺!!!!!!
吉と出たのはね、ママ。
俺様だったからだよ。


ママを選んでよかったよ。
ママがキレイだったからだけどね。



10年前に始めた毎日更新のこちら。
Twitterのある時代だったら、始めなかったかもしれないが。
衝動を温めて夜に並べて嬉しがるという儀式が、
その時代から続けられていることに至福。


ありがとうございます。
祈ることとみつけたり。



今日買ったお菓子並べて嬉しがることもするさ、ええ。ええ。