art-P capsule

フリーMC。2004年から映画とロックを作っています。ジャンルレスボーカルや表現を生業としている日々を記しています。2004年12月より毎日更新。

神有月

rubenjuri2011-10-01

Sunset blues....
今年もやってきました。
神々の皆様、佳いおはなしになりますように。
そして、
一年中で最も美しい夕日の一ヶ月に、想いは私もお伴させていただいている感覚でございます。


先日。
神有月に先立って、SARIが初めての松江旅行に行ったのでした。
宍道湖沿いの宿に泊まって、女子ふたりで何を想ったのでしょうか。
「juriは此処で生まれて育ったんだなぁ。納得。また行かないと。足りなかった。」
城下町は、2〜3日あれば充分回れるはずなのに、SARIは何故そう想ったのでしょう。
それに、自分が松江のカラーだという事も解らない。
春に、一気に二代前までルーツを遡ったので、また、頁を捲っていかないとならないのかもしれません。
一寸前に県民性を調べてみたことはありました。自分がそれにあてはまるのかはわかりませんでした。
サンタさんはセガレをずっと見ていてくれて、その年に見合ったとびきりのプレゼントをくださったけれど、この歳になっても、自分には出雲の神様がたくさんのご縁に導いてくださっているようなつもりで居たりして、厚かましい限りです。
夕日の朱が額にあります。
照射をくださっています。
カッコつけて俺様ぶって“頭蓋ん中”とかフイていますけれど、女という性には夕日の照射が必要です。


何故、此処に流れ着いたか。
嫁が島と嫁ヶ淵には、同じ言い伝えがありました。
でも、宍道湖は遠浅で嫁が島は人口島。従ってただの伝説です。
嫁ヶ淵のそれは、どうやら本当の事だと聞きました。
この交差点で、先月は悲しいたくさんの場面をみました。
此処を通るのをやめてしまおうかと思うほどの切なさでした。
自分で解っている。細胞が知っていて知らせてくれようとしている。
此処も、導かれて流れ着いたのだと思いました。
元気になったらDEREK兄様とも遭遇できた。
もっとずっと行けば、嘉事氏のアトリエ。
全部つながっています。


4人のフォリナーは、何を思い立って此の国に来たのでしょう。
商売は素晴らしかったでしょうか。
商売は素晴らしいと思います。
商品と箱と、活かすのは表現に尽きるのです。
パパのレコードとトロフィーは屋上に隠されていて、兄貴のコピーは1コしか教えてもらえず、でも、細胞が知り尽くしているのでしょう。
遣り過ごしてきたことに遅まきながら向き合って、一人立ちできないとなりません。
「シンガーとしてのjuriをもっともっとやってかないと。」
紫折んさんが、背を押し手を引き、今日、言ってくださいました。
ありがとうございます。
そのひとつとして、出会った頃の紫折んさんの演奏を動画で振り返りたいのです。


いろいろ、振り返りたいのです。


神々の皆々様。
一ヶ月間、いってらっしゃいませ。